自称映画通による映画のはなし
自称映画痛の私がお送りする映画の歴史とオススメ映画の紹介サイト。
※なんちゃって映画通の自覚がありますので変なコト書いていてもあんまり苛めないでくださいw
そもそも映画とは
映画とは、映画館で上映される動画作品のことである。
かつてはフィルムで撮影した作品が大半であったが、現在ではデジタル化も進んでいる。
表現の対象とする分野からは大きく、フィクションとノンフィクションに大別される。 また、劇場公開されず、ビデオテープ等の媒体に収録されて販売・レンタルの対象となる作品をビデオ映画という。 写真フィルムで撮影した素材をデジタル化し、加工・編集する技術も20世紀末以来、用いられるようになった。21世紀に入ってからは、HD24p等のデジタル機器で撮影、編集され、その後フィルムに変換されたうえで(この作業はキネコと呼ばれる)、あるいはデジタルデータのまま -->劇場に納品される音声情報も映画館の多チャンネルサラウンド化に伴い、フィルムに焼き付けずにCD-ROMなどで納品される場合が増えてきた。
ただし、いくつかの例外がある。資金面で余裕のあるハリウッドメージャーの場合、映画や大型テレビドラマは未だ35mmフィルム撮影の方が圧倒的に主流である。一方、日本のテレビドラマ製作会社はデジタル化以前にアナログ磁気テープ方式のビデオテープレコーダー(ベータマックス)収録に切り替えられ、一部の時代劇のみがセットの質感をぼかすために35mmフィルム収録として残っていたが、それも最後まで採用していたナショナル劇場枠の作品(『水戸黄門』など)がデジタル収録化以前にVTR収録に切り替えられ、HDTV規格での収録に切り替えられるまで用いられた。
つまり映画は、映画館で見ないと映画ではない。
映画産業は、アメリカでは「不況に強い」産業である。また、ビデオやDVDの普及、ファイル共有ソフトの隆盛が「映画産業を破滅に追い込む」といった考えは「誤った思い込み」であり、現実では観客動員数は減るどころか、逆に増えているという。こうした観客動員数の増加については、「大画面で見た方が楽しめる大作を作ることによって、観客の足を映画館へ運ばせている」との指摘がある。
映画の歴史
映画は19世紀に生まれ、20世紀に大きな発展を遂げた、いわば新しい芸術である。しかし、20世紀から21世紀にかけての科学技術や産業の大きな発展、社会の変容を受けて、今の映画はリュミエール兄弟が発明した当時とは大きく異なる様相を見せている。
映画表現において大きな画期となったのは、1920年代の「トーキー」の登場、それに続いて行われたいわゆる「総天然色」映画の登場が数えられよう。これらはそれぞれ、それまでの映画の形式を最終的には駆逐するにいたった。例えば、今では「トーキー」以前の形式である「サイレント」が新たに発表されることはほぼない。また、今「モノクローム」で撮影された映画が発表されることは極めてまれである。
20世紀前半に行われたこれらの映画技術の進展とは異なり、20世紀後半の映画技術の発展は映画表現の多様性を増す方向に作用した。
戦後、普及した映画の撮影技法には、例えば「特殊撮影」「アニメーション」「コンピュータ・グラフィクス」が挙げられる。これらの新たな撮影技法は、それ以前の方法を駆逐することによって普及したのではなく、それが登場する以前の撮影技法と共存しつつ独自の分野を成す形でそれぞれの発展を遂げている。
1970年代からはVTRが普及したが、フィルムとビデオとの基本的な表示方式の違いから映画は35mmフィルムによる撮影が一般的であった。21世紀に入った頃から商業作品もデジタルビデオカメラで撮影され、フィルムを使わずコンピュータ上で編集される例が増加している。
映画評論を評論する
映画評論とは、何らかの媒体において映画を分析し、批評することである。多くの場合は、評論文というかたちをとる。
現代のマスメディアにおいては、思いつきの域を出ない印象批評的な文章やテレビタレントのちょっとしたコメントが映画評論として扱われている事がしばしば見受けられる。その種の宣伝めいた感想や意見も評論には違いないが、学術的および芸術的な作品という意味での映画をどう批評していくか、という問題を考えるたぐいの評論においては、相当な能力と修練が必要とされる。原則的に後者においては、膨大な量の映画を1本1本注意深く鑑賞し、同時代の文学・美術・哲学の方法を参照・意識しながら、各自がよい・おもしろい・うつくしいと思う作品を分析的に記述することで、評価を異にする他者を納得させるというかたちをとる。
実は映画批評の歴史は古く、サイレント初期にまで遡る。ヨーロッパではその頃から映画を美学的考察の対象とした人々がおり、詩人で映画脚本も書いたベラ・バラージュ、美学者ルドルフ・アルンハイムなどが出た。これより少し遅れるが、日本では今村太平がこの傾向の代表者である。第二次世界大戦前のこの段階では、アカデミックな映画学とジャーナリスティックな映画批評は現在ほど大きく分離していた訳ではない。より正確に言えば、学問としての「映画学」は公式には存在せず、他分野の研究者や評論家、在野の研究者が映画批評家を兼ねる部分が大きかった。ようするに評論したがりな奴はそんなに昔から存在したということである。ともあれ、これらの映画美学的な著書の数々は、現在に至るまでアカデミックな映画学においても映画理論の最重要文献と見なされている。
現代の映画批評に最も大きな影響を与えたのは、1950年代後半から60年代初頭にかけてのフランスに現れた「作家主義」という考え方である。映画監督アレクサンドル・アストリュックの「カメラ万年筆論」に始まり、批評家アンドレ・バザンがそれを代表した。この考えによれば、映画は監督や脚本家の思想を体現した「作品」であり、それはエイゼンシュテインの映画であってもヒッチコックの映画であっても同じ事である。これ以前にも、映画を監督や脚本家の「作品」として捉える見方がなかった訳ではないが、「作家主義」はヌーヴェル・ヴァーグという創作上の運動を生み出し、映画とは芸術である、という観点を確立した。しかし、映画の演出家や制作者たちを「芸術家=創造者=神」のごとく扱う「作家主義」的な立場からは、アカデミックな規範を意識し、作品そのものを対象とする批評の方法論は生まれえなかったと言ってよい。後世からみれば、映画作家の固有名をめぐって語られるに過ぎない印象批評の横行に拍車をかけたふしもある。
1960年代半ば以降、その反動として個々の映画についての主観的な価値判断を差し控える映画記号学という方法論が映画学界を席巻した。アカデミックな言語学的モデルに支えられたこの方法論は、ジャーナリスティックな批評との共通点をほとんど持っておらず、映画学を学問として成立させることはできても、映画批評に影響を与えることはできなかった。70年代に入ると、精神分析学的な映画記号学が出現し、事態を更に紛糾させた。現代の思想におけるフロイトからラカンにいたる精神分析の学問的な位置づけの曖昧さを反映するかのように、そこに至って方法論の厳密さすら失われ、アカデミックな映画学はますます蛸壺化したからである。ジャーナリスティックな映画批評とアカデミックな映画学の不幸な分離をもたらしたこの状況は、いまだに解決していない。
1980年代以降、欧米を中心にしてフランスの現代思想を震源とするカルチュラルスタディーズが勃興し、映画学の中で、個々の作品の意味を作者(監督)の意図やスタイルとも関連付けながら、アカデミックな規範に則って分析・解釈してゆく動きが見られた。映画研究への物語論(ナラトロジー)の応用、ポストモダニズム的な現代の文化状況における「イデオロギー装置」としての映画の研究が、必然的にそのような動きをもたらしたと言えよう。主に英語圏で行われたこれらの研究の成果が、日本の映画ジャーナリズムには十分に反映されているとは言いがたい。しかし、ジャーナリスティックに活動する映画批評家たちや映画雑誌の編集者たちに意識や態度の変更を強いたのは事実である。
映画批評に方法論が必要かどうかという問題は、批評家の良心が記述の客観性と明快さ、作品分析の厳密さを求めるかどうかという問題でもある。批評家が映画文化と映画産業の担い手としての社会的責任を果たすならば、自らにそのような戒律を課す事もときには必要であるが、絶対ではない。その意味で、第二次大戦以前の古典的な映画理論家達に学ぶべき事は多いが、商業ジャーナリズムにおける記述の主観性と韜晦、作品分析のデタラメさも完全に不要とは言えない。というのも、前者の立場は、大学の研究者としての訓練を受けた者いがいは映画を語ってはならないというエリート主義の反映だからであり、後者の立場は、映画を文化産業として成り立たしめるために必要な商業主義を擁護し、エリート主義に対して反発する大衆的な態度の反映だからである。この点でもまた、アカデミズムとジャーナリズムにおける映画評論の乖離は顕著である。
作り手側の意見としては、月間「シナリオ」2009年8月号において当誌代表者である浦崎浩實氏が言及している。映画評論家・石上三登志氏のミステリマガジン連載記事の文章について、「悪文に閉口」「手柄話を連ね、読む方が赤面」「何ものをも生産しない(生産できない)批評家なるものは悲しい。自分で自分の力を吹聴してプライドを維持するのか」と断罪した上で、「今、映画批評家たちは、ご飯粒どころか、テーブルから落ちたパンくずに群がっているようなものではなかろうか?飛躍するようだが、批評の自律性がほぼ完全に失われている、ように思える」と厳しい指摘を行っている。ところが、エイゼンシュテインは初期の映画史を代表する作家であると同時に映画理論家であったし、フランスのヌーヴェルバーグの作家たちが映画評論家として出発したのも事実である。さらには現代において世界中を見まわしてみても、あらゆる映画評論を非生産的と見なしたり、いかなる映画批評家のいかなる影響も受けていないと断言できる著名な映画作家や映画制作者はほとんどいないと言ってよい。というのも、先進資本主義国の過半で見受けられる「映画の学校に通って映画監督になる」というキャリアのコース自体が、映画理論家や映画批評家の存在と彼らの書いたテキストを前提にしているからである。